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相続放棄は、法律と実務が微妙に異なります。
そのため、相続放棄の判断に迷います。
相続放棄の疑問を解消する、情報提供サイト。



相続放棄の歴史

続放棄の歴史


  相続放棄というのは、元々は家督制度という考えが残っていた日本の伝統に基づいて作られた法律です。

  家督制度とは、家督に指名された者(長男がほとんど)が一族全員の面倒をみる、というものです。

  そして家督に指名された者は一族全員の面倒をみるため、一族の財産をすべて引き継ぎます。

  そして家督に指名されなかった次男や娘は、財産を譲り受けることを認めてもらえませんでした。

  このような家督制度が残っていたころには、家督以外は全員相続放棄をするということが行われていました。

  つまり家督制度というものを法律でしっかり保証して守ってあげるために、相続放棄という法律を 作り、次男や娘が元の家に関わる事ができないようにしたわけです。

  これが、相続放棄という法律が作られた本来の理由でした。

  ところが第2次世界大戦が終了し、日本の民法も欧米諸国にならって近代的なものに作り変えられることになりました。

  このときの民法改正によって「家督制度」そのものは廃止となりました。

  しかし、日本人の伝統的な考え方を突然変えることに抵抗があったため、妥協案として「強制的ではなく、自己申告という 形で相続放棄という法律を残す」ということになりました。

  これで、相続放棄という法律は残される事になりました。

  また、終戦直後の日本の民法や商法は、日本の経済を早く復興させるため、経済的に強い者を保護 することに重点が置かれて改定が進められることになりました。

  このため、相続放棄の申告期限を3ヶ月以内と短く設定することで、相続借金の支払義務者をすば やく確定し、経済をスピーディーに循環させようとしたわけです。

  この考え方は相続放棄に限らず、民法のいたるとこで反映されています。(連帯保証人という法律も、このとき策定されました)

  ところが、終戦直後にくらべて現在はカード決済、インターネット、消費者金融、個人情報保護な どの普及などで、経済をめぐる状況はとても複雑になりました。

  また、人間関係・親子関係も希薄になり、相続財産の調査も困難となってきました。

  そのため、3ヶ月を過ぎてから相続の借金が発覚することが徐々に増え、ひとつの社会問題となっ てきています。

  一日も早く、現在の経済状況にあわせた法律改正が待たれるところです。

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